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イスラエルについて

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バラガン・コラム-イスラエルあれこれ

イスラエルで反日デモ?2017.9.2

大使館前に集まり太地のイルカ漁に反対の声を上げる参加者たち

抗議集会のFBページ」より

イスラエルの人口の約4分の1にあたる220万人の子供たちが学校や幼稚園に戻った9月1日、テル・アビブにあるいつもは静かな日本大使館前で日本に対する抗議デモが行われていました。


あまり世界的には知られていないのですが、テル・アビブは1人当たりの寿司消費量が東京とニューヨークに次ぐ世界第3位の「寿司を食べる街」であり、最近は日本人が大将のラーメン屋を開店するなど親日な街。いったい何の抗議活動だったのでしょうか。その正体は、9月1日に解禁される和歌山県太地町のイルカ追込み漁に対する抗議デモでした。


イスラエル、特に中東一リベラルな町テル・アビブではヴィーガ二ムズ(絶対菜食主義)が社会現象となっており、イルカや捕鯨に関わらず畜産業や漁業に反対する大規模なデモや活動が活発に行われています。また2009年に映画『ザ・コーヴ』がアメリカを始め世界で公開され多くの賞を受賞すると、イスラエルでも日本の捕鯨やイルカ漁に対する批判の声がヴィーガンな人口層から上がり始めました。そして太地町のイルカ漁が解禁される時期に合わせ、毎年8月末か9月初めに在イスラエル日本大使館前でイルカ漁への抗議デモを行うのが2010年頃から一般化しています。


今年も「日本・太地でのイルカ大虐殺への抗議デモ2017」と銘打たれ、午前11時30分に動物愛護団体「Born to Freedom」のスタッフや有志が大使館前に集まり、抗議集会が行われました。前日の木曜日には大使館より在留邦人にメールが一斉送信され、「過去に実施された抗議活動では近隣に居合わせた邦人がデモ隊によって追い回された事例などがあり、(中略)ご自身の身の安全を最優先にした慎重な行動を心がけ願います」との呼びかけが…

メガホンを手に大きな声を上げるデモのリーダー

抗議集会のFBページ」より


また抗議集会のFacebookページをチェックしてみると、以下のような説明がされていました。

毎年9月になると太地の浜では海水浴シーズンが終わり、海水浴をする子供たちの笑い声と喜びが悲しみに一変する。漁期という名のイルカの虐殺が始まるからだ。漁期中、数万頭のイルカたちが残忍な形で殺戮されている。その後彼らは近くの屠殺場に引きずられて行き、解体され食肉として販売される。その上数百頭のイルカたちは力尽くで誘拐され、殺されていく家族たちと引き離され世界中の水族館に売られていく。そして彼らは生き延びたとしても、生涯囚われの身となるのだ。この漁と殺戮は9月から翌3月まで毎年7か月間続いている。
私たちは例年通り日本大使館の近くに集まり、このおぞましい殺戮行為に抗議の意を表する。


太地町の捕獲枠は年間2000頭弱で近年はその枠の半数程度しか捕獲されてはおらず、抗議集会の説明にある数万頭はかなり誇張され歪められた情報だという事が分かります。


そして9月1日、デモ当日。
Facebookのイベント・ページには80人が参加する見込みとして書かれていたのですが、集会後の主催者による報告によれば実際に来たのは30名程度とのことでした。ちょうど筆者もその日、テル・アビブに行く用があり1時ごろに大使館前に行ってみたのですが、すでにデモ隊の姿は消えいつもの様子でした。その場にいた警備員に話を聞くと、実際に参加していたのは20人弱で時間も予定されていたのは2時間よりも短く、約30分後の正午ごろにはデモは完全に終わってみな帰っていたとのことでした。
また小規模とはいえ大使館前でのデモ活動という事で、開始時間にはテル・アビブ市警の数人が大使館前に配置されていたようなのですが、あまりにも人数が少なかったため警備の必要ナシと判断、数分後に退散していたようです。

「天使を解放せよ」や「お母さんは僕にイルカの居場所は自然であって監獄ではないと教えてくれた」などというプラカードを手にする抗議者。

抗議集会のFBページ」より


『ザ・コーヴ』が公開されて最初の2・3年の間は数十人とそれなりの規模のデモが行われていたようですが、映画からかなりの時間が経っており参加者数も近年減少傾向にあるようです。しかしテル・アビブではまだまだヴィーガンがブームで、健康志向からというよりも動物を殺す事への倫理的な罪悪感・抵抗などから動物愛護者としてのヴィーガンになる人がまだまだ増えているようです。その証拠に世界で3番目に寿司を食べているテル・アビビー(テル・アビブ市民)ですが、多くの寿司レストランでは野菜巻きなどのヴィーガンのメニューが増え人気を博しています。

テル・アビビーの間でヴィーガンがブームであり続ける間は、寿司という日本食への高い関心からかえってイルカが食肉として捕獲されていることがより認知され、イルカ漁への抗議集会が息を吹き返す可能性も十分考えられます。
これからも日本大使館前で毎年反太地町のデモがどれくらいの規模で行われていくのでしょうか。捕鯨・イルカ漁に関する今後の日本の国際社会への説明の仕方とともに注目です。


神殿の丘では今、いったい何が起こっているのか―2017.7.26

一連の騒動が起こっている神殿の丘

en.wikipedia.org」より

日本でもここ2週間ほど、聖地エルサレムでのイスラエルとパレスチナの衝突は報道されていますが、断片的で前後関係が分かりにくい記事が大半なように感じます。なので今回はなぜ神殿の丘がこれだけ世界を騒がしているのかという、バラガン(混乱・混沌)について現地の報道などから説明したいと思います。


■ まず、神殿の丘とは誰のものなのか

まずは現在、3大一神教の聖地である神殿の丘が誰によって管理されているかについてです。 現在エルサレムは67年の六日戦争以来、イスラエル政府の管理下にあります。しかしイエスが埋葬され復活したと信じられている聖墳墓教会や神殿の丘などの聖地については、18世紀にオスマントルコの皇帝が取り決めた「ステータス・クオ」という勅令を慣例として踏襲しています。ステータス・クオ(Status quo)とはラテン語で「現状維持」の意、エルサレム周辺の各聖地の宗教的な主権や権利について18世紀の状態を維持しようという取り決めの事を指します。例えば聖墳墓教会はカトリック、ギリシャ正教、アルメニア正教のキリスト教の3つの宗派によって当時管理されていました。現在も聖墳墓教会ではステータス・クオに則り上記3宗派による独占的な管理が継続されており、教会内の管轄・所有区域も350年間変わっていません。
同じように神殿の丘でもステータス・クオが適用されており、67年以降政治的にはイスラエルの管理下なのですが「ワクフ」と呼ばれる、パレスチナ傘下のイスラム教宗教機関による宗教的自治が認められています。ですから、神殿の丘へ入るための各門の警備や丘の中で暴動が起こった時などの治安維持はイスラエル警察の役割ですが、基本的な神殿の丘内の管理はワクフの手に任されています。神殿の丘自体はユダヤ・キリスト教徒にとっても神聖な場所ですが、丘の内部での祈祷や礼拝等の宗教的活動はもちろんのこと、聖書や十字架など宗教的所持品の持ち込みもワクフによって禁止されています。またイスラエル警察によって各門の警備が一応されてはいるのですが、保安検査は非ムスリムの観光客・ユダヤ人が入る門の1つだけでイスラム教徒が神殿の丘に入る際の11の門では、警察官が立ってはいるもののチェック無しに自由に出入りができるようになっています。

実質的にはイスラム教徒はセキュリティー・チェックを通らずに神殿の丘に入れるため、しばしばパレスチナ人によって武器の持ち込みが行われ、アル=アクサ・モスクの中から大量の武器が押収される事案が散発的に起こっており、そのたびにパレスチナ人とイスラエルの警察隊との間で緊張状態や衝突が見られていました。


■ 7月14日の銃撃事件

今年も3月からテロやテロ未遂の事案がエルサレムで月に1・2回のペースで起こり、6月には境界警察官の女性が刺殺される事件が起こるなど緊張が高まっていました。そして7月14日の早朝に3人のアラブ人が神殿の丘に入る際に、背後から警察官に向かって銃を乱射しその後岩のドームの境内で銃撃戦に発展しました。この今年最大の軍事衝突により、イスラエル側の警官2人とパレスチナ側のテロリスト3人の計5人の死者が出ました。
日本ではあまり報道されていないのですが特筆すべきなのは、この3人のテロリストが西岸地区やガザのパレスチナ人ではなくアラブ系イスラエル人であるという事と、イスラエル側の犠牲者2人がユダヤ系イスラエル人ではなく、ドゥルーズ人と呼ばれるテロリストと同じアラブ系イスラエル市民だということです。一見同じアラブ系イスラエル人同士が殺し合った事になるのですが、イスラエルに13万人いるドゥルーズ人はイスラム教の一派でアラビア語を話すものの、イスラエル軍の兵役に就くなど親イスラエルなスタンスを取っています。そのためパレスチナ人からは「シオニスト/裏切者」とユダヤ人と同じぐらい憎悪されているのです。

神殿の丘内を警備するイスラエル警察と14日の銃撃事件で犠牲になったドゥルーズ人警察官

en.wikipedia.org」より

とにかく今回ニュースになっている神殿の丘での騒動の直接的な発端は、14日の乱射事件にあると理解してよいと思います。


■ テロを受けてイスラエルは金属探知機を設置

神殿の丘で乱射によるテロがあった14日は金曜日、イスラム教では合同礼拝が行われる聖なる日でした(欧米での日曜に相当)。テロを受けイスラエル側は緊急事態を宣言し、今年に入って初めて神殿の丘を封鎖したためアル=アクサ・モスクでの金曜の大礼拝は中止になりました。
テロから2日が経った16日、イスラエル政府によって神殿の丘の門が再び開かれ入場が許可されたのですが、イスラエル政府は金属探知機を設置しイスラム教徒にも保安検査を行うよう警察に命じました。この政府の決定に対しては軍や公安庁(シャバック)から、「パレスチナ側からの反発から更なる衝突が起こる危険がある」との慎重・反対論が出ていたのですが、右派のネタニヤフ政権は探知機設置と神殿の丘内に入るムスリム全員に対する保安検査を即座に強行しました。

金属探知機設置後、抗議の意味を込め神殿の丘の門前で祈りを捧げるパレスチナ人たち

www.20il.co.i」より


■ 保安検査への反発-そして広がる衝突とテロ

イスラム教徒にもセキュリティー・チェックを行い始めた事にワクフは猛反発、「金属探知機設置はステータス・クオ(現状維持)に反するものである」としアラブ人に対し神殿の丘に入る事を拒否し、毎日5回の祈祷(サラート)をイスラエルへの抗議を示すため神殿の丘の門の前で行うよう呼び掛けました。また西岸地区でもファタハが、18日をイスラエルに対して抗議行動を起こすための「憤怒の日」に制定すると発表、安全確保のためセキュリティー・チェックを敢行したことによってさらなる軍事衝突が発生し始めました。
テロが起こった1週間後の次の金曜日(21日)もワクフの立ち入り禁止令により、金曜日の礼拝時間にもかかわらず神殿の丘内にイスラム教徒がほとんどいないという、かつてない状態が続きました。そして閑散とし静かな神殿の丘とは対照的に、旧市街のムスリム地区や東エルサレム、西岸地区ではパレスチナ人とイスラエル側との軍事衝突が激化、この金曜日には各礼拝後の暴動からパレスチナ人側に計3人の死者が出ました。
そして21日夜今度はユダヤ人にとっての聖なる日、安息日(シャバット)が始まったのですが、ユダヤ人入植地のハラミシュに19歳のパレスチナ人が無断で侵入、安息日のディナー中だったユダヤ人一家を襲撃し3人が刺殺され2人が負傷しました。このパレスチナ人テロリストは現行犯として逮捕されたのですが、取り調べでは先週神殿の丘で殺されたシャヒード(聖戦による殉教者)の仇討ちであると、宗教的理由からの犯行であると主張しています。このユダヤ人一家の刺殺に関してパレスチナ側から直接の声明などは出ていないものの、ハマスの指導者ハニヤ氏はテロリストの家に電話をし「君たちの息子は民族に誇りをもたらした」との祝辞・祝福の言葉を述べ、ガザの街では祝賀ムードが広がっていました。


21日の入植地で起きた刺殺事件の現場(左)と歓喜に沸くガザ地区(右)

twitter.com」より

そしてイスラエルに対するテロ・襲撃事案はイスラエルやパレスチナだけではなく、隣国ヨルダンにも飛び火しました。23日の夜パレスチナ系ヨルダン人で17歳の少年が、アンマンのイスラエル大使館近くでイスラエルの防衛駐在官に電気ドリルで襲い掛かり軽傷を負わせるテロが発生しました。駐在官は応戦して銃を発砲、少年と近くにいて巻き込まれた住民の計2名が死亡しました。その後、駐在官や他の外交官も緊急にイスラエル大使館へ避難したのですが、大使館前にはヨルダン警察と軍、そして大規模なデモが押し寄せるなど、一触即発の事態に陥りました。その後、公安庁(シャバック)の長官がヨルダンに乗り込んでヨルダンと実務者間の交渉を進め、ネタニヤフ首相もヨルダン国王と電話会談をし両国間で「神殿の丘から金属探知機を撤去することを条件に、発砲した防衛駐在官を含むイスラエル大使館スタッフ全員の帰国を認める」という基本合意がなされました。
そして24日の夜にネタニヤフ首相は緊急の内閣会議を開き、ヨルダン政府の要求通り神殿の丘からの金属探知機撤去を正式決定しその旨をヨルダン政府に伝えたことで、ヨルダン・イスラエル二国間の関係悪化という最悪のシナリオは回避されました。


■ 金属探知機撤去後も続くパレスチナ側のボイコット―

24日深夜、内閣の決定後撤去される金属探知機

haaretz.co.il」より

ヨルダン国王の提示した条件を飲んだネタニヤフ政権は金属探知機ではなく、武器検知や顔認証に優れた最先端のスマート・カメラを設置する案を現在進めています。
ヨルダン側はその案について表立っては反対していませんが、パレスチナ側では金属探知機撤去だけではなく、銃撃事案後に緊急設置されたものなど全ての防犯カメラが撤去されるまで神殿の丘への入場を拒否する姿勢が取られています。その結果、撤去後の25日以降もワクフの主導により千人以上のイスラム教徒が神殿の丘の門前や、旧市街の門付近で祈りを捧げる状態が続いており、西岸地区のアッバス議長も「(全てにおいて)神殿の丘が14日以前の状況に戻らない間はイスラエルとの交渉を全面的に凍結する」との声明を発表しています。またパレスチナ自治政府では、ヨルダン政府がパレスチナ側に知らせないままイスラエルと神殿の丘に関する外交交渉を「勝手に」行ったとして、ヨルダンに対する不信感も強めています。 パレスチナ側からの主張に対してイスラエル側は「ステータス・クオは神殿の丘におけるイスラム教徒の安全な宗教活動を保障するものである。そしてカメラ設置は神殿の丘への出入りや宗教活動を制限するものではないため、現状維持の違反にはならない」との態度を崩していないため、問題の長期化が予想されています。

軍や保安庁、そしてヨルダンからの圧力もあり金属探知機撤去は行ったネタニヤフ首相。しかし現状のカメラ設置案を進める限り、パレスチナ側からの反発とエルサレム旧市街や入植地・西岸地区内での緊張状態は続くことは必至です。ここ10日ほど、イスラエルでは評論家の多くや軍・安全保障の関係者から、神殿の丘の騒動からこのままでは第3次インティファーダが起こるのではないかと危惧する声が上がっています。


イラク政府は終焉を宣言も、続くイスラム国(IS)の抵抗-2017.7.3

戦火を避けるためモスルからの避難を試みる一般市民

haaretz.co.il」より

先月29日にイラク国営テレビはモスルをほぼ制圧したことを受け、「我が国(イラク)におけるイスラム国最後の砦が落ち、『神話の国』は崩壊した」と報道をしましたが、依然としてモスルではイスラム国兵士による抵抗・市街戦が一部続いている模様です。


今回のイラク側の終戦宣言は3年前にイスラム国がカリフ制復興を宣言した、アル・ヌーリ・モスクが奪還されたことを受けた象徴的要素が強いようで、イスラム国の抵抗はまだしばらくは続くだろうとイスラエルメディアでは悲観的な報道が目立っています。

市街戦により荒廃したモスルの街

haaretz.co.il」より

モスルにおけるイスラム国・イラク政府軍間の交戦は約8か月前に始まり、アル・ヌーリ・モスクは先週イスラム国によって爆破されました。イラク軍によるとモスルでの市街戦も数日以内に終わる見込みだと言われていましたが、激しい戦闘状態は未だ続いているようです。残ったイスラム国の兵士たちは一般市民を盾にゲリラ戦を展開しているため、こちらで報じられているようにしばらくはモスルの治安回復は見込めなさそうです。


イスラム国は金曜日の祈りの時間に声明を発表し、モスルにおける敗北を認めたうえでモスルの西約50キロにあるタル・アファルでの暫定カリフ国の設立を発表しました。また先月中旬にイスラム国の最高指導者(カリフ)アブバクル・バグダディが殺害されたとの発表があり、イスラム国側は今まで明言を避けてきました。しかし同じ先週金曜日の礼拝においてイスラム国幹部がバグダティの名前を口にした後、死者を題材にしたスーラを暗唱したためイスラム国が間接的に事実を認めたのではと言われています。

モスル包囲戦に巻き込まれ負傷し応急処置を受ける少女

haaretz.co.il」より

シリアでもアレッポを失うなど、シリア・イラク両国において撤退・敗戦を重ねているイスラム国。日本も含め世界中のメディアでは掃討作戦が最終局面を迎えているとの論調が見られます。しかしイスラエル国防軍のある元幹部によれば「一般市民を盾にゲリラ戦を行うテロ組織との戦いにおいて、最終局面とは軍事的には完全に鎮圧させたあとの残党の拘束・テロ防止などの治安維持のことを指すため、未だイスラム国の兵士が表立って抗戦している限り最終局面とは呼べない」とのことなので、イスラム国は終わったと言うのは少々甘い考えかも知れません。


どうなる?トランプ大統領のイスラエル訪問-2017.5.18

トランプ大統領初の外遊、イスラエル訪問でトランプ政権の外交力が試される

theguardian.com」より

就任後初の外遊を現在行っているトランプ大統領ですが、来週22・23日とイスラエルならびに西岸地区を訪問する予定になっています。中東問題、特にパレスチナ問題については長女イヴァンカさんの夫であるクシュナー上級顧問に中東和平問題を担当させるなど積極的な意欲を見せる一方、クシュナー一家がユダヤ人である事から公平性を欠いた中東政策が進められていくのではという懸念が根強くあります。そんな政権にとって今回のイスラエル訪問は、中東における今後のトランプ外交を占う重要な2日間となります。現地イスラエルではここ1週間ほど大統領訪問に関する報道を多く目にするようになっていますが、久々の親イスラエル的な大統領ということで好意的な論調だったのですが、スケジュールや滞在内容が明らかになるにつれ失望感が広がってきています。

その理由はいくつかあるのですが、まず1つ目は様々な行事に見られる短縮化です。アメリカ大統領の訪問時にはベン・グリオン空港にて盛大な歓迎式典が行われるのが通例なのですが、トランプ大統領はスピーチなどを省略し、イスラエル側からはネタニヤフ首相夫妻・リブリン大統領夫妻の4人だけが参加するという短かく小規模な式典を要望、イスラエル側を大いに驚かせました。また、その日の午後にはホロコースト記念館「ヤッド・ヴァシェム」を訪問し見学・演説する予定になっていますが、ヤッド・ヴァシェムに充てられた時間はたったの15分。ネタニヤフ首相との関係が冷え切っていたオバマ前大統領も、ヤッド・ヴァシェムに1時間は滞在し博物館を見学していました。それを考えると15分はあまりに短すぎ、敬意に欠けているではないかという声が上がっています。

2013年3月ヤッド・ヴァシェムを見学するオバマ大統領。滞在時間15分では館内に入る事すら困難だろう

vosizneias.com」より


また訪問まで1週間を切った段階で、急なスケジュール変更がいくつか通達されました。もともとの予定によれば滞在2日目には死海近くにあるマサダという遺跡訪問が予定されていました。これは1世紀にユダヤ人がローマ帝国に対して反乱を起こした際、最後まで立て籠もり徹底抗戦し自決したユダヤ人にとっての最後の砦でした。約2000年たった現在イスラエル国防軍への正式な入隊・宣誓式をここマサダで行う部隊は多く、「マサダは二度と陥落しない」と兵士たちが誓い合うシオニズムの聖地でもあります。トランプ大統領はここマサダを訪れ演説をする予定だったのですが、アラブ諸国への配慮からか「猛暑が予想されるため」との理由でマサダ訪問を取りやめる事にしました。しかしイスラエル気象庁によると滞在予定日のマサダの最高気温は26度だそうで、5月のマサダにしては比較的快適な気温です。

そしてこれよりもイスラエル人を失望させたのが大統領による初の嘆きの壁訪問です。オバマ大統領を始め歴代の大統領は、就任前の議員時代や大統領候補としては嘆きの壁を訪問していたのですが、こちらもパレスチナ側の反発を抑えるため現職中の訪問は避けてきました。しかしホワイトハウスは現職の大統領として初めての嘆きの壁訪問を発表、イスラエルでは右派を中心に好意的に受け止められていました。しかし翌週に訪問を控えたところで、公式訪問ではなく私人としてのプライベートな訪問になるためイスラエル側からの参加者も認めないとの報道がされました。また今週月曜日、イスラエルに入っていたアメリカの外務省チームが前もって嘆きの壁を視察訪問した際、同行していたイスラエル側の首相官邸スタッフに「(嘆きの壁は)君たちの所有地ではなく、西岸地区である」と発言したことが発覚しました。話を伝え聞いたネタニヤフ首相はすぐに在米大使に連絡、ホワイトハウスに事実確認の要請をしましたが未だ正式な回答は得られていません。以上のような事もありイスラエルでの歓迎ムードも少しずつ雲行きが怪しくなってきました。

haaretz.co.il」より


ちょうどイスラエル訪問に関して現地で不満が表面化し始めた矢先、トランプ大統領がイスラム国に関する機密情報をラブロフ露外相らとの10日の会談で漏らしたとのニュースがありました。当初はホワイトハウスも確認を拒んだり明言をしていなかったのですが、トランプ氏は自身のツイッターで「私には情報共有に関する絶対的な権限がある」とロシア側に情報を伝えた事実をほぼ認めました。このトランプ氏が漏えいした情報は、イスラム国内に潜入しているイスラエルのスパイから得られたもので、ノートパソコンを用いたテロ攻撃が計画されているという内容。イスラエル側はアメリカに対し機密情報である事から慎重に扱うよう求めていたようですが、今回のような結果になってしまいました。あるEUの閣僚は「もしもトランプ氏が機密情報を許可なく漏えいしたのが事実であれば、我が国もアメリカとの諜報分野における協力関係を見直す」と発言。イスラエル側はまだ正式な声明を出してはいませんが、訪問を前にトランプ大統領に対する不満がさらに強まる結果となりました。

通例を覆すスケジュール、嘆きの壁、そして国家機密の漏えい。暗雲が漂い始めた来週のトランプ大統領訪問がいったいどうなるのか、注目です。

イスラエル独立記念日2017.5.4

さて今回は5月1日の日没から2日の日没にかけてイスラエルで祝われていた、独立記念日について紹介したいと思います。

■ 敬虔なユダヤ教徒は独立記念日を祝わない!?

似て非なる超正統派(左)と正統派のユダヤ人(右)

「ユダヤ人の国家ができた日なのだから、最も敬虔なユダヤ教徒たちは率先して独立記念日を祝うべきでは」と思われる方が多いかと思いますが、黒い帽子・キッパに黒いスーツに身を包んだ「超正統派」と呼ばれる人たちは、この独立記念日を祝う日べきだとは考えていません。なぜなら、現代のイスラエルという国が聖書に基づかない世俗的なシオニズムという思想によって建国されたからです。シオニズムの父であるヘルツェルは反超正統派として有名で、彼の死後もシオニズムやイスラエル建国に携わった主なリーダーの大半は世俗的なユダヤ人たちでした。
超正統派の間では、旧約聖書の預言にあるように神自らの手によってイスラエル民族は祖国の地に導き救われるべきであり、人の手によって建国された世俗的な現代イスラエル国家は、『神への冒涜』というのが一般的な見解。よってシオニズムやイスラエルへの愛国心という特徴を持つ「正統派」とは対照的に、「超正統派」の多くは独立記念日を忌み嫌っているのが驚くべき現実なのです。
そんな独立記念日に彼らは何をしているのでしょうか。法律により独立記念日の日に授業を行う事は禁止されているのですが、超正統派の多くの学校では『特別活動日』という名のもと通常の授業が行われています。また過激な超正統派たちの間ではイスラエルやシオニズムに反するデモが行われたり、神の意図に反するイスラエル国家に対しての抗議・悲しみの意味を表す黒い旗を掲げられたり、さらにはイスラエル国旗が公共の場で焼かれるなど、様々な形でイスラエルやシオニズムに対する抗議行動が行われています。
ユダヤ人国家の独立を超正統派のユダヤ人が祝わないというのは一見おかしな話ですが、その裏には複雑な事情があるのです。


■ 戦没者追悼記念日からの独立記念日

戦没者記念日午前11時のテル・アビブの中心地

haaretz.co.il」より

約2,000年ぶりにできたユダヤ人国家の誕生を祝う独立記念日の前日は戦没者追悼記念日といい、48年の独立戦争以降イスラエルを守るために命を落とした兵士やテロによる犠牲者を追悼し国中が喪に服すことになっています。今年は4月30日の日没から独立記念日が始まる5月1日の日没までが追悼記念日でした。
日没後の夜8時と翌日の午前11時に国中でサイレンが鳴り(超正統派やアラブ人を除く)ほとんどのイスラエル人が黙とうを捧げる他、この1日はテレビやラジオをつけても明るい娯楽番組やアップテンポな歌などは自粛され、追悼や戦争に関するドキュメンタリーが放映されます。また追悼日に入る日没直前の7時にはスーパーやレストラン、映画館が閉まるなどまさに国中が喪に服す様子が見られます。
ではなぜ戦没者追悼記念日がわざわざ独立記念日の前日になったのでしょうか。
実は建国から1年経った49年、イスラエルは第1回目の独立記念日を迎えようとしていました。当時イスラエル軍のチーフラビだったシュロモ・ゴレンは独立記念日の3日前になり、イスラエル建国のために戦い失われた命を追悼する日がまだ決められていない事に気付き、申し立ての結果急きょ独立記念日が追悼日を兼ねるという決定がされました。しかし「喪に服すための追悼日が独立記念日という祭りの一部になってしまうのはどうか」と遺族などから大きな反対があり、また政府内でも両者のコンセプトが全く違うため追悼日を別に設定する必要があると協議が始められました。そして1951年、初代首相ダビッド・ベングリオンにより戦没者記念日が正式に制定されました。「私たちが手にしている独立が誰の手によってもたらされたのか、祭りの日であっても記憶しなければならない」とベングリオンは言い、戦没者追悼記念日を独立記念日の前日に決めたといわれています。
現在でも追悼記念日の数時間後には独立記念日のお祝いで街中がお祭り騒ぎになるので、不謹慎だとして追悼日を別に制定するよう求める声も根強くあります。しかしイスラエル人の持つこの切り替えの早さが歴史的に彼らがここまで生きて来れた強みであり、イスラエルらしさなのかも知れません。

独立記念日の夜にライトアップされるテル・アビブ市役所

haaretz.co.il」より


■ 世界聖書クイズで30年ぶりに世俗派の高校生が優勝

日没後の夜には街で花火が上がるのを見物し、市役所前の中心部などで行われる有名アーティストによる無料ライブに朝まで繰り出し、少し休んで昼からは空軍の展示飛行を見ながらバーベキュー、というのがイスラエリーな独立記念日の過ごし方。
しかし独立記念日にはもう1つの有名な国家的行事があります。それが世界中に住むユダヤ系の高校生を対象にした青少年世界聖書クイズです。
世界中のユダヤ系の学校から選抜された数千人の高校生により各国での予選が行われ、勝ち抜いた39か国70名の高校生が独立記念日にエルサレムで行われた本戦に出場しました。この大会は1963年から毎年行われており今年で54回目なのですが、過去の大会ではイスラエルの正統派の学校で学ぶ学生が優勝するのがほとんどでした。しかし今年の独立記念日ではなんと約30年ぶりにイスラエルの世俗派の生徒が優勝しました。2位には正統派の高校で学ぶ女子生徒が、そしてベラルーシのユダヤ系学校ではなく一般的な学校で学ぶ女子生徒が3位になりました。
イスラエルでは宗教的でない世俗的な学校でも聖書が必須科目になっており、小学校1年生から高校3年までの12年間最低でも週に1時間は聖書の授業があります。しかし宗教的な学校になればなるほど聖書の授業時間数も増えるので、世俗的な学校の生徒が優勝するのはまさに歴史的快挙です。シオニスト連合(左派・世俗派政党)のヘルツォグ党首は祝福の言葉を寄せ、「この世俗派の学生による30年ぶりの優勝は、聖書が左派・右派、宗教的・世俗的などを超えた民族の宝である事を私たちに再確認させてくれた。ベングリオン首相が言った通り、私たちは聖書を世々代々にわたり受け継がなければならない。」との声明を発表しました。
世俗派の学生の優勝といい、世俗派政党の党首の声明といい、イスラエルと聖書はやはり切っても切り離せないのだなと改めて痛感しました。

優勝した男子生徒に聖書を渡すネタニヤフ首相

イスラエル首相公式ツイッター」より


ペサハの式次第『ハガダー』2017.4.18

今イスラエルではユダヤ人にとって最も大切な祭りであるペサハが1週間祝われています。 エジプトの地で奴隷だったイスラエル民族が、神によって遣わされたモーセに導かれエジプトを 脱出したことを祝う祭りで、ユダヤ人の間では奴隷から自由の身になった「自由・解放の祭り」 とも呼ばれています。


そんなペサハの祭りで最も重要なのが「セデル」と呼ばれる初日にある夕食です。 あの有名な最後の晩餐も元々はこのセデルの食事だったのではと言われています。 さてこのセデルは「ハガダー」と呼ばれる特別な式次第によって進められていきます。 このハガダーの内容は中世からほぼ変わっておらず、現在世界中のユダヤ人がこのハガダーに沿って ほぼ同じ典礼文・祈祷を読み上げながらセデルの食卓を囲んでいるのです。
今回はペサハの期間中に街でいくつか面白いハガダーを見つけたのでご紹介したいと思います。


こちらはフランスにおけるユダヤ教のハガダー、ハガダー・デ・フランシア。 フランスに住むユダヤ人コミュニティーの歴史を学びながらセデルを 行いましょう、というものでフランス系ユダヤ人のために典礼文のフランス語訳がヘブライ語の下についています。 ハガダー内左側のページにある写真は約100年ほど前フランスのユダヤ人たちに使われていたセデル用の蓋付きプレートです。
このフランスのハガダーの他にも、メキシコやイタリア、アレクサンドリア(エジプト)のハガダーなどが 店頭には並んでいました。世界中の離散の地からイスラエルへ帰還したユダヤ人たちが、自らの家族のルーツや歴史を 学びながらペサハを祝うのですね。


上記のものはディアスポラ(ユダヤ民族離散の地)にスポットを当てたハガダーでしたが、 こちらはイスラエルと現代シオニズムを題材にしたハガダー。 その名も「自由のハガダー」で、中心のダビデの星には「奴隷の身から自由の身へ・離散から独立へ」と 書かれておりイスラエル建国60年を記念して特別に発売されたものです。 ハガダーの中にはディアスポラの地でシオニズムが起こり、イスラエル建国時のアリヤー(イスラエルへの帰還移住)や 独立戦争、そしてその後帰還者たちが新しい『故郷』へ適応していく様子が写真やポスター・芸術作品などで紹介されています。
フランスやイタリアのハガダーが「各々のユダヤ人としてのルーツを知るハガダー」であれば、これは「イスラエル人としての ルーツを学ぶハガダー」と言えるかも知れません。 やはり最後はベングリオンの独立宣言文と写真で締められており、まさにイスラエル人にシオニズムを教育するハガダーと いった感じ。写真にあるのはハガナーやハ・ショメルと呼ばれるイスラエル建国前にあったユダヤ人による軍事組織と、 それらを母体としてイスラエル国防軍ができた当時の兵士たちの写真になっています。


今まで紹介したハガダーもかなりマニアックなものですが、さらにマニア向けなハガダーを見つけました。それがこちらの写真。

見たところ何が特別なのか分かりませんが、16世紀初めドイツのユダヤ人家庭で使われていたハガダーを復元したもの。 左側がスキャン技術によって復元されたハガダーで、右の冊子は通常のフォントの式次第に説明・注釈がついたものです。 当時はまだハガダーに入っていなかった讃美歌がいくつかあるものの、約8割は現在の一般的なハガダーと同じで現在のセデルにも使えるようになっています。
その復元されたハガダーの中身がこちら。


このページには「ハレル(讃美)」と呼ばれるユダヤ教で最も古い讃美歌の1つ、詩編113~118章が書かれています。 ちなみにイエスが最後の晩餐後に「さんびを歌った後、オリブ山へ出かけて行った(マタイ26:30/マルコ14:26)」と ありますが、この「さんび」はここに書かれているハレルだと考えられています。 ハレルの周りにはハレルの聖句をイメージした絵や当時のセデルの様子(左)、そしてページの下には紅海を割って渡ろうと するイスラエル民族(右側)とそれを阻止しようとするファラオ率いるエジプト軍(左側)が描かれています。

ページの下の方が破れていたり他のページでは破れた箇所が糸で縫われていたり、挿絵の中に手書きのメモや落書きが残されていたり―500年前のペサハを 感じる事ができるハガダーになっています。


しかしペサハの問題は真面目な大人向けのハガダーばかりだと長いセデルの夕食中、子供たちは退屈してしまうということ。 実はセデルの持つ最も大切な意義とは出エジプトの苦難を子供たち(次世代)に伝えることなのです。 そんな子供たちのためには子供用の絵本になっているハガダーがたくさん売られているのですが 、そんななか子供用の面白いハガダーを発見しました。


このハガダーは1300年前後の現存する最古の挿絵付きハガダーの絵を使って作られた、 しかけ絵本のハガダーです。中には出エジプト記やセデルに関するしかけがいたるところに隠されており、 子供たちはしかけを見つけて遊びながらセデルに参加できるようになっています。
写真はイスラエル民族が紅海を進む場面のもので、矢印を引っ張ると先頭を行くモーセが杖を振り下ろし海が割れるという仕掛けになっています。 14世紀のハガダーに少し触れながら楽しんでセデルを過ごせるよう、イスラエル博物館が考古学者・教育者と共同で 家族向けに作成したもののようです。


さて、今回はエルサレムの街で見つけた面白いハガダーを紹介しました。 ペサハも今日(17日)の日没で終わり、火曜日は祭りの次の日で学校は休みですが、水曜日からは国中が平日に戻ります。 ペサハの終わりとともにイスラエルは短い春に、そして今回紹介したハガダーも各家庭の物置で来年のペサハまで1年間の 長い冬眠へと入ることになるのです。


敵なのか、それとも人なのか-パレスチナ人囚人の日常2017.4.3

メッカに向かって祈りを捧げる囚人たち

haaretz.co.il」より


さてイスラエルでも冬が去り、出エジプトを祝うペサハが10日後に迫るなど春のムードになってきました。そんななかこちらではパレスチナ人の政治犯を収容する刑務所に関するドキュメンタリー番組が大きな話題となっています。


この『メギド』と呼ばれる番組はパレスチナ人囚人のみが拘置されている、メギド刑務所に1年半潜入した様子を3回の放送(各1時間)に渡って紹介したものです。番組では政治的メッセージではなく人間関係を主題にし、緊迫していると同時にいたって日常的でもある日々を看守と囚人が共に過ごしている様子を淡々ととらえています。メギドにいるパレスチナ人囚人は千人以上、その大半がハマスのメンバーまたは関係者で中にはイスラエル兵や民間人を殺傷したテロリストも含まれています。そんなイスラエルで『凶悪犯』とされる囚人たちを監守しているのが、イスラエルの精鋭兵によって構成される看守部隊300人です。一般的にパレスチナ囚人のドキュメンタリーでは囚人側を中心に描かれたものが大半ですが、『メギド』では刑務所での両者間で行われる対話を中心に構成されています。

雑居房でイスラエルのニュースを見ながらアラブ人政党に関して話し合う囚人たち

walla.co.il」より

またカメラは共有のスペースだけでなく雑居房にも潜入し、パレスチナ人たちの考え方の変化もとらえています。ある部屋では8人の囚人が生活を共にしているのですが、そこではイスラエルのテレビ番組を見ながらパレスチナ紛争やイスラエル内にあるアラブ人政党に関して話し合っています。そんななかである囚人が「敵を学ぶ必要性からイスラエルについて刑務所に来てから学び始めた。最も正しいのは私たち(の自治政府)ではなく、イスラエルが私たちの責任を持つ(=イスラエル国家で生きる)ことだ。」とハマスのメンバーとしては驚きの発言をしています。


しかし番組ではイスラエルの正当性のみを一方的に主張するだけでなく、囚人たちの献立に関する待遇改善を求めたが却下された様子など刑務所での生活でパレスチナ人が抱く不満なども隠さずに伝え、「パレスチナ人テロリストの人権を保護とは?」という問題提起をしています。プロデューサーのイツィク・レルナーは「多くのイスラエル人が自分たちの国を中東唯一の民主主義国と自負している。そう主張する者の中には、パレスチナ人囚人も1人の人であって犯罪者であったとしても人権やその他得るべき権利を与えなければいけない、という事について忘れている人が多い。この番組を通してそのことを思い出してもらえれば」と大手紙ハアレツのインタビューに製作した意図を答えました。

「イスラエルが私たちに関する責任を持つべきだ」とイスラエルによる単一国家を希望する囚人

walla.co.il」より


現在イスラエルでは、ネタニヤフ首相があまりにも左派的な国営放送を解体し新しい放送局を設立するというメディア改革が進んでおり、それに対して国会内外で大規模な反対運動が左派によって起こるなど国全体がメディアに関するトピックにピリピリしている状態です。そんななかこの『メギド』が放映されたので、右派からはいつも以上の反発が起き日本を訪問していたミリ・レゲヴ文化・スポーツ大臣が「(視聴はしていないが)テロを推奨している可能性があるため、法的処置も含めて対応したい」との声明を出しました。それに対して製作者は「視聴もしていないのに責任感に欠けたコメントだ。過去にイスラエルを人種差別的国家として取り上げた作品は多くあったが、『メギド』はそのカテゴリーには含まれない」と反論するなど、放映後も様々な場所で論争が続いています。


筆者にはやはりイスラエル国民になる事が最善だと述べた囚人の言葉が最も印象に残りました。囚人同士の政治に関する会話自体がハマスが聞けば「シオニズムに魂を抜き取られた裏切者」と激怒してしまうような内容ばかり。その中でも彼の発言はハマスとは対極に位置するものですから、彼が釈放後も無事に生きていけるかが少し心配です。 また彼の発言はパレスチナ問題で起き得る大きなねじれの可能性を物語っていたように思います。イスラエルでは左派が2国家共存を標榜し、右派は2国家にはこだわらない・または単一国家という立場が一般的で、パレスチナでも同様の傾向です。しかしこの囚人は「パレスチナ国家樹立のため闘う」というパレスチナによる単一国家論か妥協的2国家論という極右から、「イスラエル国家の方が良い」という自身の国家を放棄するというパレスチナ人としては超左派的かつ単一国家の考えに至りました。彼のようにパレスチナ側の左派が時間とともに2国共存からイスラエル国家選択へとシフトし始めたら・・・2国家共存を支持するイスラエル左派とイスラエルによる単一国家を支持するパレスチナ左派、双方の左派が相反する考えを持つという奇妙な状況が起こる事になります。最も重要な「2国家共存か単一国家か」という二択でパレスチナ人左派はイスラエル人右派と同じく単一国家論で一致し、ハマスなどパレスチナ右派とイスラエル左派が2国共存で一致するという、極めてねじれた状況が生まれるわけです。 パレスチナ問題に関して国際社会は「双方の当事者が望む2国家共存による解決」とという立場をほぼ一貫してとっています。しかしこの『メギド』で発した彼の言葉は、その当事者が望む解決策がいかに一筋縄でなく複雑かを物語っているように感じました。



WBCでのイスラエル旋風を『現地』から見る2017.3.12

WBC公式ツイッター」より

前評判を覆しての日本の3連勝や韓国の1次ラウンド敗退も大きなニュースになりましたが、今のところ今大会1番の驚きは1次ラウンドを3連勝で通過した世界ランキング41位のイスラエルだと思います。代表選手のほぼ全員がマイナーリーガーという事もありダークホースとして挙げられることはありましたが、ここまでの快進撃はまさに予想外でした。そんな韓国・オランダ・台湾という強豪国を破るというジャイアントキリングに、最も衝撃を受けているのが地元イスラエルです。


というのもこちらではスポーツと言えばまずサッカーかバスケットボールで、野球はルールさえ知られていないようなマイナースポーツ。なのでWBC開幕前には全くニュースになっていませんでした。そんななか初戦で世界ランキング3位の韓国を破るというサプライズを起こすと、 連勝で迎えた第3戦ではクリーンアップにメジャーリーガーが揃うオランダにも勝利。 全勝で1次ラウンド通過を決めると、現地イスラエルのメディアでも史上初の快挙と して取り上げられるようになりました。いまイスラエルでは史上初めて野球というス ポーツが話題になるという「歴史的な出来事」が起こっています。


しかし日本のメディアでも報じられているようにWBCイスラエル代表のほぼ全員がイスラエル国籍を持たないユダヤ系アメリカ人。そんな事実もあるためかイスラエルでは、試合内容や結果以上に話題となっているのが「彼らは私たちの代表なのか?それとも何ら関係のないアメリカ人の寄せ集めなのか?」という問題。イスラエル大手紙イディオト・アハロノトの行った調査によると、7割弱が自国の代表として温かく見ている反面、3割の回答者が否定的な回答をしており、ある大手紙でも「彼らはヘブライ語で挨拶もできず国家も歌えない。ユダヤ人ではあるがイスラエル人ではないのだから、国の代表として応援するのはいかがなものか」というようなコラムが見られるなど、意見は割れています。


そんなイスラエル国内の世論を受けジェリー・ウェインスタイン監督は取材に応じ「私の願いは10年後、イスラエル人の監督とイスラエル人の選手を連れて再びここに戻ってくることだ。いま私たちには野球をイスラエルで普及させるという使命が与えられている。(2次ラウンドで)私たちが野球大国であるキューバや日本に善戦するという事だけでイスラエル国内の野球に対する関心を高められるのだ」と述べ、イスラエルのために戦っていると強調しました。また未だに反ユダヤ主義の風潮が残るアメリカ社会にも触れ、ユダヤ人という民族的アイデンティティーを共有する仲間が集まり自らのルーツであるイスラエルのため、一丸となってプレイする機会は特別なものなので1試合でも多く試合を続けたいと意気込みを語ってくれました。


国家斉唱時に宗教的民族衣装であるキッパを被る選手たちのビデオをアップし代表を激励するネタニヤフ首相

公式ツイッター」より

またオランダ戦で先制のタイムリーツーベースを放ったファーストのフレイマン(レッドソックス=マイナー契約)も、「世界の前でイスラエルやユダヤ人の代表として戦えるという事は特別で大変な名誉だ。私たちの世代がイスラエルでベースボールの種を撒くパイオニアになりたい」とインタビューに答えました。


イスラエル以外に住んでいるユダヤ系の人たちはやはり心のどこかでユダヤ人としてのアイデンティティーを持っており、イスラエルと聞くと特別な感情を持つ人は多いです。またプロ野球選手のなかでユダヤ系はまだまだマイノリティなため、グラウンドで見かけるとお互いに必ず挨拶するなど日頃から仲間意識があります。そんな彼らが1つになってユダヤ人のシンボルであるダビデの星を胸に付けプレーする、これは他の代表国とは違う強い結束力です。そのうえ祖国であるイスラエルにベースボールを根付かせるという使命感も持っているのですから、代表としてのモチベーションはかなり高いのだと思います。


2次ラウンドのためメジャーキャンプに参加している選手を2人招集したイスラエル代表。「WBC史上最大の番狂わせ」はどこまで続くのか、侍ジャパンの戦いと共に目が離せません。


渡り鳥の楽園イスラエル2017.2.18

Agamon Hula より

現在世界には約500億羽の渡り鳥が生息していますが、ここイスラエルは世界有数の渡り鳥の中継地となっており、毎年約5億羽もの渡り鳥が飛来します。北ヨーロッパ、中央・東ヨーロッパから、コーカサス地方などユーラシア大陸から大量の渡り鳥が越冬のためにアフリカ中部に渡るのですが、その多くがイスラエルを休息地または越冬の地としています。

Agamon Hula より

そんな渡り鳥の主要な中継地となっているイスラエルですがその多くがイスラエル北部のフラ湖で羽を休めており、近年はフラ湖の環境改善や気候の変化などによりツルやペリカン、鵜などの大群が飛来するようになっています。


フラ湖の国立公園によると先週、約45,000羽のツルの大群と11羽のフラミンゴが確認されたようです。フラ湖で観察を続けている学者はツルたちは3月中旬までフラ湖周辺で越冬し、春先になるとヨーロッパに戻っていくだろうと話しています。

Agamon Hula より

そんな多くの渡り度が立ち寄るフラ湖ですが、実は自然にできた天然湖ではありません。1950年代までは天然湖だったフラ湖と湿地帯がこの地域に広がっていたのですが、農業用地を確保するため大規模な干拓が行われフラ湖はなくなってしまいました。しかしその結果多くの植物・動物が姿を消し固有種が絶滅し、また干拓事業後に行われた調査でフラ湖跡が農地として適していない事が分りました。そこで90年代初頭からフラ湖とその自然を復元する国家プロジェクトが立ち上がり、現在ある小さな人工湖としてのフラ湖が誕生しました。そして人の手によって徐々に自然の姿が戻ってきつつあり、現在世界の有数のバードウォッチングの場所として知られるまでになっています。

現在フラ湖には野鳥や自然保護の研究者たちが海外から数多く訪れ、イスラエルの研究機関と共同でリサーチや自然保護のための意見交換や技術開発が活発に行われています。イスラエルにリサーチのために来る学者と聞けばどうしても宗教・歴史というお堅い学問か、パレスチナ問題を扱う国際関係や難民研究の学者というイメージがどうしてもあると思います。 なので野鳥研究や自然保護・復元という学術分野でさらにイスラエルが知られるようになり、ガザや紛争などではなくフラ湖の美しい鳥を撮りにより多くのカメラマンやメディアが来る事を願っています。

Agamon Hula より

最初の1週間に見るトランプとイスラエル2017.1.29

在イスラエル・アメリカ大使館

Agamon Hula より

就任して1週間が経ったトランプ新大統領。オバマ前大統領時と比べると圧倒的に少なかった就任式の参加者を「過去最高の人数だった」と豪語したり、メディア批判を早々から展開したりと世界に話題を振りまいています。今回は26日のFOXニュースで大統領がイスラエルに関する発言を行ったので、それを中心にトランプ氏の対イスラエル関係を見てみようと思います。


パレスチナ問題については意外と穏健派かも・・・

さて日本ではあまり知られていませんが、トランプの外交面でのマニフェストの1つに現在テル・アビブにある在イスラエル・アメリカ大使館をエルサレムへ移設するというのがあり、これには就任前からアラブ諸国が強い懸念を示すなど、対イスラム国(IS)と並んでトランプの中東外交における重要なポイントとなっています。そんななかトランプ氏は26日、保守的・共和党寄りのFOXニュースのインタビューに応え、イスラエルとの協調関係を強調する一方「大使館のエルサレム移転については時期尚早であり、現在の段階で話すことはない」と発言、慎重な態度を見せました。今週初めにはスパイサー米大統領報道官が会見で「意思決定するための初期段階であって未だ決定事項ではない」と記者の大使館移転に対する質問に答えており、トランプ政権がエルサレム移転を強硬に進めようとしている訳ではないというのが見えてきました。

実は就任直前、トランプ氏はイスラエルの無料紙イスラエル・ハヨムに対し「エルサレムについての約束(=大使館移転)についてもちろん忘れたわけではない。私は約束を破るような人間ではない」と話していたようで、イスラエル国内では親トランプ派(タカ派)の政治家やジャーナリストを中心に「結局は歴代の共和党の大統領が行ってきたリップサービスか」と批判の声が上がっています。また最近報道されたパレスチナ自治区に対する2億2000万ドル(約250億円)の支援を打ち切る方針だというニュースに対しては、「これからどうなるかが見えてくるだろう」との発言に終始し、明言を避けました。これに関しても、トランプ政権になって親イスラエル政策の期待を膨らませていたイスラエルの関係者たちからは落胆の声が。 過激な発言が売りという事も手伝って、就任後すぐに大使館をエルサレムに移しパレスチナ自治区への援助も停止するのではという予測もありましたが、意外と現実的な中東外交を進める「標準的な共和党の大統領」となるのかも知れません。選挙期間中から、アメリカ史上最も親イスラエルな大統領になるのではという声が強かった分、これから中東では良くも悪くも「意外と穏健な大統領」として映っていくかもしれませんね。 (トランプ大統領とイスラエル・ユダヤの関係はこちら


「トランプの壁」のモデルはイスラエル?

このFOXニュースのインタビューでトランプ大統領はメキシコ国境に壁を建設するマニフェストにも言及、アメリカはイスラエルに学ぶべきという発言をしました。「安全保障のためには壁が必要なのだ。イスラエルに聞いてみるとよい。彼らは大量の不法移民という問題に直面していたが、壁を建設した結果99.9%防げるようになった」と述べ、イスラエルを引き合いにメキシコとの国境に壁を建設し不法移民取り締まりを強化する姿勢を明確にしました。

大統領がここで言及した分離壁とは西岸地区のものではなく、2013年にエジプトとの国境にイスラエルが建設した壁・フェンスのことです。内戦の続く北スーダンやエリトリアを中心にアフリカ諸国から、半年間で約1万人の移民がエジプトから不法にイスラエルに入国していましたが建設後は半年で34人と激減、アフリカからの不法移民の流入を防止できるようになりました。この成果からトランプ氏は、メキシコ国境の壁について語る際にはたびたびイスラエルを見本とするというメッセージを、大統領選中から発し続けてきました。

現在イスラエル内のガザとヨルダン国境部には、様々な侵入感知センサーを取り入れたスマートなフェンスが設置されており、開発したマガール社のオーナーもトランプの壁に自社のフェンスをと売り込みをしている様子です。そうすると国境の壁と言ってもフェンスとなり、トランプ大統領が公約し私たちがイメージしていた「万里の長城」とはかなり違う「普通によくある国境のフェンス」になるのかも知れません。

現在のエジプト国境部のフェンス(左)とマガール社の開発しているフェンス(右)

commons.wikimedia.orgveeconmagal-s3.com より


今後どうなるか分かりませんし、トランプ氏は実際に大使館をエルサレムに移し宇宙からも見える万里の長城をメキシコ国境に本気で建設するのかも知れません。しかし就任から1週間での感触は過激な発言は残っているもののマニフェストの過激さは少し丸みを帯び、イスラエルの狂信的なトランプ支持者やタカ派の間では、期待外れ感がすでに広がっているようです。


エルサレムの観光地でトラックが突っ込むテロ2017.1.11

日本のメディアでも報道されたように1月8日の正午ごろ、エルサレム南東部のアルモン・ハナツィブ(Armon HaNetziv)にてパレスチナ人の運転したトラックがバス停にいたイスラエル兵部隊に突っ込み、4人が死亡し13人が負傷しました。テロリストはイスラエルのID(身分証明書)を所持している東エルサレム在住の男性で、当日近くをトラックで走行中イスラエル兵の一団を発見し、方向を変えアクセルを踏み猛スピードでバス停へと突進、その後再びバックし兵士たちをもう一度ひきました。テロリストはその後射殺されました。


こちらが防犯カメラに映ったテロの様子です。バス停には大型バスが停車しており兵士たちが下車しているところにトラック突っ込していった様子が分かるかと思います。テロ現場のすぐ近くには展望台を兼ねたプロムナードがあり、オリーブ山と並んでエルサレムを一望できるスポットとして知られています。

テロ現場の様子


防犯カメラの後ろ側には旧市街・新市街が並んだ景色を眺めることが出来、セグウェイでプロムナードを1周するツアーなども企画されるなど海外からの観光客を中心に名所として賑わっていました。

gojerusalem」より


オリーブ山は東エルサレムのアラブ人地区という事で治安の問題もあるため、こちらのプロムナードの方が団体旅行などでは頻繁に使われています。しかし今回のテロを契機に、しばらくは観光客がほとんどいなくなりそうです。

テロリストの家族は事情聴で本人はハマスやISとの関連性を否定し、ハマスやイスラム聖戦も今のところ犯行声明を出してはいません。しかし今回のテロを受けてガザは祝福ムードに包まれ、ハマスの指導者たちがガザの中心部で演説しシオニズム(イスラエル)への徹底抗戦とそのための殉教者(シャヒード)となる事を民衆に呼びかけました。


またイスラム過激派はガザの街でキャンディーを配ったり、ツイートやSNSを通じてテロリストな英雄的な行動を称えていました。
以上、(短いですが)現地エルサレムからお伝えしました。


ツイッターとYoutubeから見たハヌカ・ハイライト2017.1.6

あけましておめでとうございます。
イスラエルでは年末年始ムードはほぼゼロでしたが、元日の日没とともにハヌカも終わり子供たちもハヌカの休暇から学校に戻るなどこちらも「通常運転」に戻りました。さて、前回 はハヌカの背景や風習についてお話ししました。今回はイスラエルを中心にハヌカが実際どのように祝われたかについて写真と一緒に紹介したいと思います。

まずはこちらの写真。

ベニヤミン・ネタニヤフ公式ツイッター」より

ハヌカ前日の12月23日に入植地を違法とする国連安保理事会の決議案が採択されていました。その2日後にネタニヤフ首相は嘆きの壁でハヌキヤへの点灯式を行ったのですが、自身の公式アカウントに写真をアップし「国連の決議を踏まえて、ハヌカ2日目の火を灯すのに西壁以上に最適な場所はなかった」とコメントを発表しました。

ハヌカの間、ハヌキヤへの点灯の様子をツイッターに投稿したのはネタニヤフ首相だけではありません。大統領を務めるルーベン・リブリンもハヌカの8日間イスラエル各地を巡り、ハヌキヤの点灯を行いました。その中で最も印象的だったのが、世界的にも有名なイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団創設80周年コンサートで行われたハヌキヤへの点灯です。


まず大統領が司式者として祝福をし、ハヌキヤに点灯。そしてハヌカを代表する讃美歌「マーオーズ・ツール(意:岩の上の砦)」を観客と一緒に合唱し、その後はオーケストラによって同曲が演奏されています。
オーケストラが奏でる重厚なハヌカの曲もなかなか素敵ですが、実はこの映像で最も豪華なのがこの日の指揮者を務めた巨匠、ズービン・メータでした。クラシック好きな方はご存知かも知れませんが、彼はウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを5度指揮したり初の三大テノール・コンサートを指揮したりと、まさに現代の巨匠。2011年春には震災で多くのコンサートがキャンセルとされたなか来日し、NHK交響楽団を指揮しニュースにもなりました。
そんなマエストロがなぜイスラエル・フィルを指揮しているのでしょうか。あまり知られていませんがメータ自身が親イスラエル主義者だったため、半世紀以上前からイスラエル・フィルを何度も指揮し、81年には終身音楽監督に任命されたようです。80歳となった現在も世界中を演奏旅行で飛び回りながら、イスラエルでも積極的に活動しているそうです。

ハヌカ中、政治家たちだけでなくイスラエル国防軍でもハヌカ関連のツイートが多く見られました。

国防軍公式ツイッター(ヘブライ語)」より

これはヘブライ語のイスラエル国防軍公式ツイッターです。現在はハヌカも終わって右側のような通常のトップページに戻っていますが、元日までの8日間は左のようにハヌキヤとスフガニヤをあしらったハヌカ仕様のエンブレムになっていました。

またハヌカ中の8日間、何度かハヌキヤに光を灯す兵士たちの写真が投稿されていました。

ハヌカを祝う若い国防軍の兵士たち

IDF公式ツイッター(英語)」より

左側がハヌカ初日のハヌキヤ点灯を行う民間防衛軍の女性兵士です。イスラエルの民間防衛軍と日本にはあまり知られていない関係があります。2011年の東日本大震災では20を超える支援チームが海外から被災地を訪れたのですが、最初にチームを派遣したのがイスラエルでした。その時に派遣された特別支援チームとは、医師たちで構成される医療部隊と写真の彼女が所属する民間防衛軍の合同部隊でした。
右側の写真はうってかわって哨戒艇でハヌキヤを準備する海軍兵たちの写真。国防軍の中(陸・空・海)の中で海軍は最も小規模ではありますが、建国時から白い礼装という伝統が続いておりイスラエリーの間では「軍服(=礼装)が最も格好良い軍隊」として知られています。写真の彼らは南部アシュドドでガザ沿岸での任務に就く部隊です。

さてここまではイスラエルでのハヌカの様子を紹介しましたが、もちろんイスラエル以外の場所でもハヌカは祝われていました。過去のコラムではイヴァンカ・トランプの夫がユダヤ人で結婚前にイヴァンカがユダヤ教に改宗したことをお話ししました。ハヌカの期間中、彼女のツイッターでは一家でハヌキヤに火を灯してハヌカを祝う様子が何度かアップされており、父ドナルド・トランプ次期大統領も12月24日のハヌカ初日に「ハッピー・ハヌカ」の投稿をしていました。

イヴァンカドナルド・トランプ公式ツイッターより

このハヌカに関するトランプ一家のツイッターがアメリカを中心にちょっとした騒動になっていました。
トランプ氏はその過激・排他的発言から保守的なキリスト教層やネオ・ナチなど人種差別的な人口層を強力な支持基盤としています。選挙戦中のある演説でトランプ氏は「メリー・クリスマス」に代わり、他宗教に対する配慮から「良い祝日を(Happy Holidays)」という挨拶が一般化しているアメリカの現状に苦言を呈し、「オバマは『良い祝日を』と8年間言ってきたが、私は恥じる事無くどこでも『メリー・クリスマス』と言う」と発言、メリー・クリスマスを復活させるという公約を打ち出していました。そんななか実際に12月24日になると愛娘はクリスマスではなく(ユダヤ教なので)ハヌカを祝い、トランプ自身も「メリー・クリスマス」のツイートをする前に「ハッピー・ハヌカ」の投稿をしました。
これに対して保守的・人種差別的なトランプの熱狂的支持者たちから、公約と違うではないかと批判を浴びています。就任前にして支持者離れが早くも懸念されているトランプですが、ネオ・ナチや反ユダヤの支持層を抱えながら一家にユダヤ人がいるというねじれた状況のなか、就任後はさらに難しいかじ取りを迫られそうです。


今回はイスラエルとトランプ一家を中心にクリスマスと同時期にあったハヌカという祭りが実際どのように祝われていたのかを紹介しました。さてユダヤ人にとって次の祭りは3月初めにあるプリムと言われる仮装の習慣がある祭り。また時期が近づけばバラガン・コラムでプリムの紹介をしたいと思っています。


ユダヤ人のクリスマス?-ハヌカ2016.12.24

旧市街もハヌカ・ムードに…

www.israel21c.org」より

世界中がクリスマス・ムードに包まれている中、実際にイエスが生まれたここイスラエルではクリスマスというよりハヌカ・ムードに包まれています。ハヌカ(?????)は奉献という意味で、紀元前2世紀にユダヤ人がギリシャ人から神殿を奪還したことを記念したお祭り。ユダヤ歴で前後はしますがクリスマスとだいたい同じ時期に祝われています。
今回のバラガン・コラムではユダヤの冬の祭り、ハヌカについて紹介したいと思います。


■ 歴史を祝うハヌカ

紀元前332年にアレクサンダー大王がイスラエルを征服してから約2世紀間、イスラエルはギリシャ帝国(セレウコス朝)の支配下にありました。中東全体にヘレニズム文化が広がりユダヤ人たちも影響を受けましたが、偶像崇拝を強要されることもなくユダヤ教も認められたため、イスラエルでは比較的安定した時期が続きました。しかし紀元前2世紀に入ると、エジプト・プトレマイオス朝の他にもローマが台頭しセレウコス朝は苦戦を強いられていきます。そんななかついにローマとの戦争に敗れ多額の賠償金を払う事となりました。セレウコス朝の権威は失墜、王朝は財政難に陥り資金工面のためユダヤを含む属州への財政的・政治的介入を強引に進めていきました。そしてついに紀元前167年、セレウコス朝の王アンティオコス4世は祭りや安息日、割礼などユダヤ教を全面的に禁止し、エルサレムの神殿は強制的にゼウスの神殿となり、ゼウス崇拝を強要しました。
禁教令をうけイスラエルに住むユダヤ人たちの間でギリシャ王朝に対する不満が爆発、祭司家系のマカバイ家を中心に反乱がついに起こりました。このマカバイ戦争は約7年間続きましたが、ローマからの支援などもありセレウコス朝からついにエルサレムを奪還。すぐさまゼウスの祭司を追放し祭壇も撤去、異教に汚されていた神殿を再び聖書の神に奉納(=ハヌカ)を行いました。
これがハヌカと呼ばれる祭りの歴史的背景です。

マカバイ戦争-セレウコス朝は重装歩兵に加えて戦象を用いたとも言われている。

jewishcurrents.org」より

■ 光の祭りハヌカ

歴史的背景があるものの、もしユダヤ人に「ハヌカの祭りって?」と聞けばほぼ全員から「ユダヤ教の光の祭りだよ」という答えが返ってくるでしょう。それは神殿を清めた奉献時のエピソードに由来しています。
ギリシャ帝国に勝利しエルサレムに入場した時、神殿の聖油はギリシャ人の手によって汚されており、残っていた聖油はたった1日分でした。神殿で使われていた聖油はオリーブを搾った時の1滴目のみを集めた、まさにエクストラ・ヴァージン・オイル。準備にかかる時間が1週間で、残りは1日分ですから絶対的に聖油が足りません。しかしマカバイ家の祭司たちは1週間待たずに奉献式を行い神殿での燔祭を始めました。するとたった1日分しか残っていなかった聖油が奇跡的に8日間も持ち、無事新しく精製された聖油も届き神殿の火が絶える事はありませんでした。
というのがハヌカと聞いた時、ユダヤ人がまず頭に浮かべる奇跡のエピソード。この8日間聖油が持ったという奇跡から、ハヌカの8日間は「ハヌキヤ(ハヌキア)」と呼ばれる特別な燭台に毎晩火を点すのが習慣となっています。ハヌキヤにはろうそくを立てる部分が9つあり、これは種火+聖油が尽きなかった8日間となっていて、1日目は種火と1本目、2日目は種火と1・2本目と日が経つごとにろうそくを1本ずつ足して火を点けていきます。こうして最後の8日目には9本すべてに火が灯されるという訳です。
これはユダヤ人ならだれもが知っている常識ですが、実はこの聖油の伝承が最初に登場するのがマカバイ戦争勝利から650年も経った6世紀だというのはあまり知られていません。また、ハヌカがろうそくに火を灯す「光の祭り」として確立されたのも、ヘロデがイスラエルの王だった紀元前1世紀または紀元1世紀だと考えられており、これも意外と知られていない事実です。
それまでのハヌカはギリシャを倒し神殿を奪還したという歴史の出来事を祝う祭りで、光の祭りという要素は全くありませんでした。ではなぜ歴史を祝うハヌカが100~200年も経ってから「光の祭り」へと変化を遂げたのでしょうか。

エルサレム旧市街にてハヌキヤに火を灯す子供たち

www.israel21c.org」より

■ ハヌカはいつから「光の祭り」に?

そのヒントは当時イスラエルを治めていたヘロデ大王と彼が持ち込んだ古代ローマ文化に隠されています。古代ローマでは農業をつかさどる神への農耕祭(サートゥルナリア)が12月17~23日までの1週間祝われていました。もともとは収穫を祝うお祭だったのですが、紀元前1世紀以降、冬至に近いことから「光の祭り」としても祝われるようになりました。
当時イスラエルを統治していたヘロデ大王はユダヤ人心理に配慮しながらもローマ文化を積極的に取り入れ、エルサレムをはじめユダヤ全土が次々とローマ化していきました。そんな「ローマナイズ」されたヘロデ王の時代に、ローマの光の祭りという要素がユダヤ人のハヌカに取り入れられた、または2つが融合したのではと考えられています。
これはハヌカの歴史的意味からも推測できます。もともとハヌカとはマカバイ家の勝利を祝った祭りでした。そしてヘロデはマカバイ家を滅ぼした張本人です。ですからヘロデ王朝の紀元前後にイスラエルでハヌカを祝うのは、まるで江戸時代初期に豊臣秀吉の天下統一を祝うようなもの。ユダヤ人にとってマカバイ家勝利の祭りであるハヌカを祝うことは悲しく・皮肉めいたものであり、同時にマカバイ家を自らの手で葬ったヘロデにとってハヌカの祭り自体が許し難く、また祭りからマカバイ家の支持者たちが反乱を再び起こす可能性も十分考えられました。そこでヘロデは民衆の人気を集めるため豪華絢爛なエルサレム神殿をローマ建築を用い再建しました。この神殿はマカバイ家の時代の約2倍の敷地面積を誇り、当時のローマ帝国でも有数の巨大で豪華な神殿と知れ渡る事となりました。そしてその神殿の奉献の式典を、マカバイ家と同じハヌカの日に行いました。
こうしてマカバイ家を祝うハヌカは風化し、ヘロデ神殿の奉献とローマ文化からの冬至を祝う「光の祭り」として祝われるようになりました。しかし6世紀になるとユダヤ人の間で奇跡的に聖油が8日間なくならなかったという説話が広まり、再びハヌカはマカバイ家勝利の歴史を祝う祭りと光の祭りという2つの顔を持つ祭りとして現在の形になりました。

再現された古代ローマの農耕祭サートゥルナリア(イギリス・チェスターにて)

www.chesterchronicle.co.uk」より

■ ハヌカのもう1つの顔―ハヌカ太り?

時が経ち中世になると、聖油がなくならなかったという奇跡を記念して、ヨーロッパのユダヤ人を中心に油で揚げたものを食するという習慣がハヌカの新しい伝統となりました。現在でも、ハヌカの間は各家庭で揚げ物を中心とした高カロリーな食事が食べられています。
そんなハヌカの代表的な食べ物のが「レビボット(ラトゥケス)」と呼ばれるつぶしたじゃがいもやニンジンなどを小麦粉でつないで揚げたもの。朝マックのハッシュドポテトに野菜が少し入っている感じの味で、サワークリームを塗っていただきます。

もう1つがジャム入りのドーナッツに似た「スフガニヤ」。イスラエルではこのハヌカで食べられるスフガニヤの影響かドーナッツがあまり浸透しておらず、年配の方々はドーナッツを「アメリカ風スフガニヤ」と呼ぶくらいです。伝統的なスフガニヤは中がキャラメルソースやイチゴジャムとシンプルなのですが、最近はパティシエとのコラボなどでより凝ったスフガニヤなども売られるようになりました。
私のおすすめはカフェ「ROLADIN」で売られているスフガニヤ。写真にもあるようにカラフルなラインナップで、上段の4つにはスポイトがついています。これは中にソースを注入していただくという特別なスフガニヤ。大人にはその上品な味が、子供にはスフガニヤのソースを自分で中に詰めるというアトラクションが人気を博しています。毎年ハヌカの前には日本のおせち紹介のように、各ベーカリーやパティスリーのスフガニヤがメディアで紹介されています。統計によれば祭りの期間だけで2400万個のスフガニヤがイスラエル内で食べられ、ユダヤ人にとって「スフガニヤ抜きのハヌカ」はあり得ないみたいです。
そんな揚げ物・スフガニヤ三昧の結果、イスラエルでは日本の正月太りならぬ「ハヌカ太り」が。。。毎年メディアではスフガニヤ紹介とともに「スフガニヤを食べながらのダイエット特集」が組まれるなど、ハヌカは最も太ってしまう厄介な祭りでもあるようです。

「クリスマスを聖地で!!」と意気込んで来られた方はガッカリでしょうが、「クリスマス・ムードはもうたくさん」という方にはハヌカをお勧めしたいと思います。

ROLADINのスフガニヤ。右下の2つが伝統的なキャラメルとジャムのスフガニヤです。

food.nana10.co.il」より


イスラエル人バックパッカーがネパールで日本人を救助2016.12.16

容態が安定した杉山さんとリフシッツ夫人

Chabad House Thamel Kathmandu」より

先週世界的に有名なネパール中央部にあるアンナプルナ連峰で、イスラエル人バックパッカーのグループが岩石すべりの下敷きになっていた日本人登山者の命を救いました。

救助されたのは美術家・書道家の杉山あきほさん(40)で、標高約4500m地点を1人でトレッキング中突然の岩石すべりに遭い岩の下敷きになりました。その数分後に兵役を終えてネパールを旅していたイスラエル人のグループが通りかかり、助けを求める声を聞き下敷きになっていた杉山さんを発見。グループの1人がイスラエル国防軍の衛生兵だったため救助後に持参していた止血帯で緊急処置を行い、他のメンバーが衛星電話でカトマンズのハバッドハウス に連絡を取りました。連絡を受けたハバッドハウスのラビ・リフシッツが、すぐさま通報し数時間後に杉山さんはカトマンズの病院にヘリで緊急搬送されました。

救助現場に到着するヘリ

Chabad House Thamel Kathmandu」より

カトマンズ到着時は出血量が多量だったため極めて危険な状況でしたが、輸血により回復し容態も安定。現地のドクターはメディアに対し「救助者たちの正確な判断で彼女は一命を取り留め、足の切断も免れた」と語りました。

実は救助された杉山さん、トーラー・スクロール(律法の巻物)に書かれているヘブライ語文字とその書法に触れるため5年前イスラエルを訪れていたようです。回復後、搬送時から病院で付き添っていたラビ・リフシッツ夫妻に「救助していただいた方々に感謝しています。イスラエルとユダヤ人の事がさらに好きになりました」との言葉を伝えられたようです。

ちなみにこのニュース、イスラエルでは大手紙が報じていたのですが日本では全くニュースになってないようですね。こういうイスラエルに関するポジティブなニュースも日本で取り上げられればよいのですが…

イスラエルから見たイヴァンカ・ジャレッド夫妻の横顔―2016.11.27

安倍首相とトランプ次期米大統領

http://www.dailymail.co.uk/news/article-3948262/Japanese-Prime-Minister-Shinzo-Abe-leaves-Trump-Tower-meeting-Donald-Trump-Ivanka-Jared-Kushner.htmlより

さて、世界を驚かせたドナルド・トランプ氏の劇的勝利からしばらくたち、ニュースなどでは閣僚人事や政権移行チームについての報道が中心となってきました。そんなトランプ勝利後に注目を浴びているのが、氏の「秘密兵器」とも言われているこの2人-イヴァンカ・トランプとジャレッド・クシュナー夫妻。先日のトランプ氏と安倍首相との会談では夫妻で同席していたことが分かり、各国のメディアが「事実上のファーストレディーとトランプ氏一番の側近」と書き立てました。
今回はトランプ新政権でさらに影響力を増すことが予想されるこの2人を、イスラエル的視点でご紹介します。

この夫妻とイスラエル(またはユダヤ教)との関係は海外では選挙戦中から広く知られていました。日本でも最近報道され始めましたが、夫のジャレッド・クシュナー氏はユダヤ人で2009年の結婚前にイヴァンカ氏はニューヨークのユダヤ教正統派の学校で学び、ユダヤ教に改宗しました。キリスト教では洗礼を受けたときに洗礼名を付ける宗派も多いのですが、同様にユダヤ教でも改宗者にはヘブライ語の名前が付けられます。普段は「イヴァンカ・トランプ」ですが、シナゴグやユダヤ人の間では彼女は「ヤエル・クシュナー」と呼ばれています。
ジャレッド氏が正統派のユダヤ人家庭に育ったこともあり、彼女が改宗し結婚したあともコシャー(食物規定)やシャバット(安息日)などを宗教的なユダヤ人家庭として守っているようです。なので選挙戦中から忙しい2人ですが、金曜日の日没から土曜日の日没までの丸1日はシャバットになるので電話やパソコンの電源を切り仕事は全くしないそうです。エルサレム・ポストのインタビューにイヴァンカ氏はこう答えています。
「父(ドナルド・トランプ氏)も私たちとはシャバットの1日は連絡が取れないことにもう慣れました。長女のアラベラは正統派のユダヤ系幼稚園に通園し、私たちはとてもモダンでありながら伝統的な生活を送っています。この目まぐるしい世界で週に1日は家族団らんの時をゆっくり過ごすことは、宗教的価値を置いといても重要です。」

さて彼らが敬虔なユダヤ教の一家であるのが実際に分かる写真がこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=wfKXlaCjgE8より

これは大統領選の投票日直前、11月6日に著名なラビの墓所で撮影されたビデオの1コマです。画質は悪いですがイヴァンカ・ジャレッド夫妻が超正統派の男性に連れられ、選挙戦での勝利を祈りにラビの墓へ向かう様子が分かります。この墓にはハバッド・ルバビッチ運動と呼ばれるユダヤ教超正統派の1派最後のラビ、メナヘム・シュネルソンが眠っています。20世紀を代表するカリスマ的なラビで死後20年以上経った今も、多くの信者がメシアとしての彼の復活を信じたり、多宗派のユダヤ教徒も祈りを捧げるために訪問したりと一大巡礼所になっています。
投票日前最後のシャバットが明けてすぐにここに来て祈りを捧げる様子からも、彼らが敬虔なユダヤ教徒である事が分かっていただけるかと思います。
こんな2人ですがアメリカ国内だけでなくトランプ政権の外交でも重要な役割を担っていくかもしれません。日本では安倍首相との会談後に「イヴァンカ氏が駐日大使になるのでは」というようなニュースがあったようですが、海外メディアはジャレッド氏が中東でのトランプ外交のコンサルタントになるのではと報じています。
今週ニューヨーク・タイムズが行ったインタビューでトランプ氏は「イスラエルとパレスチナの間に平和をもたらせたらと思う。(和平を実現できれば)大変な偉業になるだろう。」と述べ、さらに「(中東の)地理や人々に明るく人脈もある彼が、イスラエルとパレスチナの間の和平実現のために働いてくれるだろう」と義理の息子であるジャレッド氏を中東和平のキーマンに指名する発言をしました。

ジャレッド氏ですがユダヤ教徒という以外にイスラエルとの関係はそこまで知られていません。しかし、ジャレッド氏の父親チャールズ・クシュナーは当時イスラエル国連大使を務めていたネタニヤフ首相と、80年代からの旧友でジャレッド氏も子供の頃から知っていたり、エルサレム市長のニール・バルカットとも友人の間柄であったり、イスラエルの在米大使とも親しかったりと、イスラエル側の要人とはかなりのコネクションを持っています。

中東和平の対話では、ユダヤ人だというだけでもアラブ諸国の反発を呼ぶためかなりのマイナス要素です。その上、イスラエル側の各要人との広い交友関係を持つジャレッド氏は一般的に考えて、どう見ても中東問題を任せるべき人物ではないように思うのですが… 来年からのトランプ政権でイスラエル・パレスチナがどうなるのか、注目です。

第2回:シャローム・アジア!―日本・イスラエル間の直行便?2016.11.10

調印式で握手を交わす富田イスラエル大使とカッツ交通相

http://www.ynet.co.il/articles/0,7340,L-4871038,00.html より

先月末、イスラエル政府は日本との新しい航空協定を締結しました。この協定は2000年の協議内容を 改定したもので、これによりテル・アビブのベングリオン空港と成田をはじめ国内にある国際空港との間で、週最大14便の直行便が就航可能になりました。


またこの協定にはイスラエルの航空会社は日本を経由地とした第3国への貨物便が、日本側も主にヨーロッパの航空会社とのコードシェア便でのイスラエル乗り入れが可能になる条項が含まれているようです。


今まで日本・イスラエル間の定期路線はありませんでした。唯一あった直行便は、イスラエル最南端エイラットに培養工場を所有する日建総本社が不定期に利用している、エル・アル航空のチャーター便でした。しかしこの協定を機に日本の航空会社のイスラエル就航の可能性が広がったと言えます。


今までも同じような話はたびたび出ていたのですが、日本・イスラエル間の定期直行便は未だ実現していません。しかし今年4月末には経済三団体の一つ経済同友会がイスラエルに大規模な派遣団を送り、日本経済界がイスラエルでの協業拡大に向けた取り組みを本格化させています。またその派遣団の団員の1人として日本航空(JAL)の取締役大西賢氏が参加しており、訪問時の現地イスラエルメディアの取材に対し直行便就航の意向を示していました。時期については明言していなかったようなので早期の就航が実現するかは不透明ですが、ついに日本・イスラエル路線が開通する日がついにやって来るかも知れません!


この日本・イスラエル間の協定締結のニュースと前後して、イスラエルはここ最近アジア各国との「空での連携」を強めています。


同じ週には香港のキャセイパシフィック航空が来年3月26日から、香港-テル・アビブ線を週4便就航すると発表しました。機材も最新機のエアバスA350型機と本気度がうかがえます。またインドの国営航空会社エア・インディアもテル・アビブへの直行便を来年中に開通することを発表しました。また先月からシンガポール航空がイスラエル路線就航について本格的に協議し始めたり、今年4月28日からは北京-テル・アビブ間で週3回、海南航空による直行便の路線が開通されたりと、イスラエルとアジアとの距離が今年に入って縮まってきています。


現在日本からイスラエルに行くには大韓航空やヨーロッパの航空会社の乗り継ぎを利用されているかと思いますが、やはり直行便のほうが疲れと時間のロスを最小限に抑えられます。往復のフライト計4回で2日間の移動時間を見なければいけないところが、直行便になると片道半日、往復で1日と現地滞在をより効率よく過ごせますし、乗り継ぎの大きな問題であるロストバゲージの可能性もほぼなくなります。


ぜひ近い将来、日本とイスラエルの間で直行便が開通してほしいものですね。


新しいイスラエルの「フライトマップ」?

http://www.ynet.co.il/articles/0,7340,L-4871113,00.html より


第1回:イスラエルも熱狂「ポケモンGO」2016.7.21

イスラエル最大の発行部数を誇る新聞イスラエル・ハヨムの記事、見出しは「こうすればピカチュウを捕まえられる」

https://www.facebook.com/IsraelHayom/photos/ より

現実世界に野生のポケモンが目の前に現れ、モンスターボールでゲットする―
20・30代の方の中には子供のころこんな夢を見た方もいるのではないでしょうか。そんな夢をスマホ内でかなえたゲームアプリ「ポケモンGO(Pokemon GO)」が今世界を熱狂させています。最初にリリースされたアメリカでは10日足らずでユーザー数でキャンディー・クラッシュを抜き「スマホゲーム最大のベストセラー」となり、現在世界で8500万人がプレイしておりリリースされた各国で社会現象化しています。
ポケモンGOの最大の特徴は、Googleマップ・GPSを利用しいろいろなところにポケモンが現れるという点です。イスラエルでは公式配信はまだなのですがミラーサイトからのダウンロードが相次ぎ、大手の新聞がポケモンGOに関するコラムや攻略法を報じるなど大きな盛り上がりを見せています。


そんななかイスラエルの大統領府にポケモンが出現しイスラエルで話題になっています。
Fecebookの公式ページに「誰か警備を呼ぶように…」というコメント共に投稿したのはルーベル・リブリン大統領本人。「公式配信前なのに大統領本人が海賊版をプレイしているのを公表するのはいかがなものか」などという批判的なコメントも見受けられますが、このユーモアある投稿に多くのイスラエリー(イスラエル人)が熱狂し投稿Facebookページへのいいねや訪問者が急増しています。


イスラエル大統領ルーベル・リブリン公式Facebookページより

https://www.facebook.com/ReuvenRivlin/photos より

さて、ポケモンGOに関する投稿をしたのは大統領だけではありません。
こちらはイスラエル海軍のFacebookページ内の投稿、ギャラドスに向かってモンスターボールを投げる海兵隊員の写真です。ポケモンGO内では陸地では陸の、海岸部では水タイプのポケモンが現れる事から投稿名は「私たちにしか捕まえられないポケモンがある」。ユーモアたっぷりな海軍のPRですね。


イスラエル海軍の公式Facebookページより

https://www.facebook.com/israel.navy/photos より


そんな海軍に呼応するようにこんな投降をしたのがイスラエル空軍。
ピカチュウが乗っているのはイスラエル空軍の主要戦闘機F-16で、ヘブライ語ではかみなりを意味する「バラック」という通称で呼ばれています。「かみなり」と言えば「10まんボルト」などと共にピカチュウの代表的なわざです。なので戦闘機の通称とピカチュウのわざを掛けて「皆がポケモンを探しているので、最強の『バラック(=かみなり)』を持っているのは誰なのかをはっきりさせたい」と投稿には書かれています。 海軍・空軍ともにポケモンGOをフル活用して面白い投稿をしていますね。

イスラエル空軍の公式Facebookページより

https://www.facebook.com/IsraeliAirForce.HE/photos より


大統領府やイスラエル軍をはじめ、今イスラエルではSNSや各種メディアでポケモンGOが毎日のように取り上げられ、多くの軍事基地・施設や警察ではセキュリティを考慮しポケモンGOのプレーを正式に禁止したりと、まさにポケモンが社会現象化しています。
筆者もついこの前テル・アビブに向かうバスに乗っていたのですが、初めて会ったであろう20代の兵士を含む数人が1時間中ずっとポケモンGOの話題に花を咲かせていたり、ヘブライ大学内の掲示板には「フラットメイト求む―月1500シェケル(約45000円)、大学から徒歩10分・徒歩圏内にポケストップ(モンスター/スーパーボールを入手できる場所)2つあり。」というような張り紙があったり、小学校時代以来のポケモンブームを遠いイスラエルの地で感じています。


「バラガン」とはごちゃごちゃや散らかったという意味のイスラエルで最もポピュラーなスラングです。ここでは現地在住7年のシオンとの架け橋スタッフが、様々な分野での最新イスラエル・トピックをお届けします。



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