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Fate/Grand Orderに見るユダヤ文化―2018.8.31

(YouTubeより)

先週エルサレムの国際会議場にて「イスラエルアニメ・漫画カンファレンス(通称:CAMI)」が開催されました。世界的コスプレイヤーのBaozi&Hanaさんをゲストに迎えたコスプレ・コンテストやサイン会、そして日本のサブカルに関するレクチャーや漫画・アニメのグッズ販売などに、イスラエル人のファン数百人が詰めかけました。日本大使館のブースやNHKスペシャル「終わらない人 宮崎駿」の上映があったり、日本のサブカルに関する様々なレクチャーが行われたりと、漫画やアニメを知らない筆者も半日の間楽しむことができました。

そんななか興味深かったのが、アニメ化も決まっている人気スマホゲーム「Fate/Grand Order(FGO)」に関するレクチャー。源頼光や坂田金時、弁慶や牛若丸などゲームに登場するキャラクターの歴史的背景についてだったのですが、ゲーム内に登場するユダヤの人物も紹介されていました。その後に筆者がリサーチしたものも併せて、今回はFGO内に散りばめられている聖書やユダヤ文化を紹介したいと思います。


1.ソロモン

(fategrandorder.wikia.comより)

まずは、第1部最終章で待ち構えるソロモンです。モデルが旧約聖書に登場するダビデ王の子、ソロモン王である事は説明不要でしょう。ゲーム内では10の指輪と72柱の悪魔を持ち、魔術界最大の力を持つ魔術王として登場するソロモン。72柱の悪魔はルネサンス期の魔法書がルーツなのですが、スキルにもある「ソロモンの指輪」のルーツは古代ユダヤの文化にあります。

タルムードやミドラーシュ(聖書解釈書)に、こんな「ソロモンの指輪」に関するエピソードがあるのです。

神殿を建設しようとしたソロモン王は大きな疑問にぶち当たります。神がモーセに対し「もしわたしに石の祭壇を造るならば、切り石で築いてはならない。のみを当てるならば、それをけがすからである。(出エジプト記20章25節)」と命じていたからです。するとイスラエルの長老たちは、どんなものでも切れる伝説的動物(または物質)シャミールの場所を悪魔の王アシュメダイ(アスモデウス)に聞き出すよう進言します。そこでソロモン王は配下を送り込んだところ、アシュメダイを捕まえ見事シャミールを手に入れました。

捕縛されたアシュメダイはシャミールの場所を教えた代価として、ソロモンが付けている指輪を一目見せて欲しいと頼みます。実はこの指輪には神の名が彫られており、その力によってソロモンは悪魔たちをコントロールし支配下に置いていたのです。最初は渋った王ですが自身の知性・賢明を馬鹿にされた事に怒り、指輪を外しアシュメダイに指輪を渡してしまいます。するとアシュメダイは王から指輪を奪い取り、飲み込んでしまったのです。そして指輪の力を吸収したアシュメダイはソロモンの姿になり王となり、ソロモン王は追放されてしまいました。

王としての地位をアシュメダイに奪われたソロモンは乞食同然の暮らしを送る事になるのですが、飢えで死にそうになりながらも海に辿り着きました。そして最後の願いを込め釣り糸を垂れた瞬間、釣り竿に重みが…。そして引き上げてみると、その魚はソロモンの指輪をくわえていたのです。そして指輪を再び身に着けたソロモンはエルサレムに戻り、悪魔の王アシュメダイを追放し再び王になったのです。

と言う話。聖書には賢い王でありながら多くの外国人(=異教の)女性をめとり、彼女たちによって偶像崇拝がイスラエルに蔓延し、ソロモン自身も偶像崇拝を行ったと書かれています。ユダヤの賢人たちの間ではこれらソロモン王の宗教的堕落は、ソロモン王自身が行ったのではなく、上記のようにソロモン王に成りすました悪魔の王アシュメダイの仕業だという解釈があります。

最初はソロモン王が黒幕だと思われていたのですが、その正体がソロモン王の体を乗っ取り活動していた魔神王ゲーティアだというのが、ゲームを進めると明らかになっていきます。この設定は、アシュメダイがソロモン王に成りすまし悪事を働いたという逸話を連想させるため、もしかしたらゲームの大本にはタルムードやミドラーシュがあるのかも知れません。


2.ダビデ


宝具「五つの石」

次も有名どころですね。私はプレイしたことがないので分かりませんが、レクチャーをしたイスラエル人男性ゲーマー曰く「入手難易度の割に仕える、なかなか優秀なアーチャー」らしいです。

まずはダビデが持つスキルに「治癒の竪琴」というのがありますが、これはサムエル記上16章のエピソードから取られたものです。当時イスラエルはダビデの前の王サウルが治めていたのですが、神の悪霊がサウルを襲い悩ましていました。そこで家来は琴を引く者を召し抱えるよう進言し、その結果牧者でありながら琴にも長けていたダビデが王宮に仕える事になったのです。

23節:神から出る悪霊がサウルに臨む時、ダビデは琴をとり、手でそれをひくと、サウルは気が静まり、良くなって、悪霊は彼を離れた。

ゲーム内では味方のHP回復と共に「精神異常状態を解除」というのも聖書の記述と合致していますし、このエピソードが由来なのは間違いないでしょう。

そして彼の宝具「五つの石」にも聖書のエピソードが。サムエル記上17章でダビデはペリシテ人の巨人兵士ゴリアテとの決闘に行くことになるのですが、その前にこんなエピソードがあります―

40節:谷間からなめらかな石五個を選びとって自分の持っている羊飼の袋に入れ、手に石投げを執って、あのペリシテびと(ゴリアテ)に近づいた。

そして、48・49節にその結末が描かれています。

そのペリシテびとが立ち上がり、近づいてきてダビデに立ち向かったので、ダビデは急ぎ戦線に走り出て、ペリシテびとに立ち向かった。ダビデは手を袋に入れて、その中から一つの石を取り、石投げで投げて、ペリシテびとの額を撃ったので、石はその額に突き入り、うつむきに地に倒れた。

聖書では1発目が命中したという描かれ方ですが、ゲーム内では石を5つ投げて最後の石が命中するというわざになっています。

ちなみに「五つの石」を発動する時、ゲーム内でダビデは「ハメシュ・アヴァニム」と叫んでいます。これは「五つの石」を意味するヘブライ語、「ハメッシュ・アバニーム(חמש אבנים)」。声優さんのイントネーションがヘブライ語とは全く違うのですが、妻や他の友人などイスラエル人に聞かせたところ何度目かで「あぁ、『 חמש אבנים 』ね!!(笑)」という反応が返ってきました。


3.アヴィケブロン

宝具「王冠:叡智の光」

(FGO攻略.com より)

これは11世紀にスペインで活躍した哲学者・詩人、ラビ・ソロモン・イブン・ガビロール。彼のラテン名が実はアヴィケブロンなのです。

ユダヤ思想史では新プラトン主義を代表する哲学者として知られているのですが、イブン・ガビロールが命の霊を吹き入れ土人形「ゴーレム」を作ったという、マイナーなユダヤの逸話がいくつか残っています。ゲーム内ではそこがフィーチャーされ、カバリスト(ユダヤ教神秘主義者)というキャラになっているようです。なので、彼のスキルや宝具もカバラがベースにデザインされています。

スキル1に設定されている数秘術、これはカバラにおいて重要な要素です。ヘブライ語の各文字には対応する数字があり、単語を構成する全ての文字を数字に置き換え足すというもので、意味や文字が全く違っていても合計数が同じであれば類似または同一の性質を持っていると考えられています。例えば「一」を意味するエハッド(אחד)という単語の合計は13。これは、「愛」を指すアハバ(אהבה)と同数になります。

スキル2の高速詠唱は、イブン・ガビロールが詩人であったことに起因しているのでしょう。

そして宝具になっている「王冠:叡智の光」。これが発動するとアヴィケブロンはこう叫びます―ゴーレム・ケテルマルクト。

ゴーレムは上記の通りですが、ケテルマルクトは王冠を意味するヘブライ語で正確には「ケテル・マルクート(כתר מלכות)」と言います。ケテルもマルクートもカバラで有名な『生命の樹』を構成する要素として知られている事や、ゴーレムがカバラの一部である事からゲームでもカバラ的に描かれていますが、彼の残した詩の1つに「ケテル・マルクート」という詩があるのです。この詩は神の性質や偉大さと人の小ささを歌い、神へ依り頼み贖罪を嘆願する内容で締められた詩で、大贖罪日の日に祈りとしてシナゴグで朗唱されるほど有名な詩なのです。

これもダビデの五つの石同様、イスラエル人に聞かせたところ大ウケでした。



宝具「王冠:叡智の光」


さて、ダビデやソロモンは聖書に登場し日本でも知られている歴史上の人物ですが、イブン・ガビロール(アヴィケブロン)はかなりマニアックです。イスラエルでは多くの街の通りの名前になっている事もあって知られた存在ですが、日本では恐らくユダヤ学を専攻して幾つかコースを受講しなければ耳にすることはないでしょう。そして、ゴーレムの作者をイブン・ガビロールとするユダヤ文献は、こちらでもほとんど知られていません。

FGOの作者がどこからこのネタを入手したのかは分かりませんが、良くも悪くも日本の漫画やアニメには聖書やユダヤ教の要素が結構出てきます。関連付けなくてももちろん楽しめますが、聖書やユダヤ教を知っておくと少し深い見方ができたり、ちょっとした「うんちく・雑学」にはなるかも知れません。


「バラガン」とはごちゃごちゃや散らかったという意味のイスラエルで最もポピュラーなスラングです。ここでは現地在住7年のシオンとの架け橋スタッフが、様々な分野での最新イスラエル・トピックをお届けします。



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