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「黒いベルト作戦」を現地の目から考察 2019.11.24

今回の作戦の引き金となり、殺害されたバハ・アブ・アル=アタ司令官。

ynet.co.il より)

日本でも少し報道されていましたが11月12日早朝からの48時間、イスラエルとガザのテロ組織「イスラーム聖戦(以下「聖戦」)」との間で大規模な交戦「黒いベルト作戦」がありました。1年ほど前からガザでは聖戦が台頭、ガザを実効支配するハマスを脅かすほどの存在になっていました。イランからの手厚い軍事支援によりハマスとならぶ軍事力を得た同組織ですが、そんななか中心的人物だったのが北部指揮官だったバハ・アブ・アル=アタ。ガザからのロケット弾発射(2018年1月より計1500発以上)の多くを指示していたため、イスラエルは彼の殺害を去年から検討していたようです。そして今回の戦闘はイスラエルによる同氏の殺害から始まり、その後聖戦は報復として450発のロケット弾をイスラエル南部の市街地に撃ち込み、その一部は中央部のテル・アビブやエルサレム近郊の町にも到達。イスラエル軍も無差別なロケット弾の発射に対し、聖戦の施設数十か所を空爆しメンバー25人を含む計34人の死者が出ました。
丸2日後の14日の午前5時30分に休戦協定が結ばれ、現在は停戦状態ですが聖戦はその後も数度ロケット弾を発射するなど、予断を許さない状態が続いています。 作戦から数日が経ち、イスラエルでは有識者たちが同作戦の総括をしていたので、今回はそれをいくつか紹介できればと思います。

ガザからのロケット弾。

kan.org.il より)

イスラエルとしては作戦成功だが…

イスラエル側では今回の作戦は成功と捉えられています。イスラエルとすればガザの南部戦線よりも、イランの存在感が日に日に増しているシリア・レバノンの北部戦線の方が気掛かりなのが本音。そんななか作戦開始と共にアブ・アル=アタ司令官を排除することで聖戦側に打撃を与え、比較的短い2日間で戦闘を終えることが出来ました。また450発のロケット弾のうち、市街地に着弾する見込みだった約200発のうち90%はアイアンドームが迎撃。聖戦は勝利のイメージを浸透させるため、イスラエル市民の犠牲者を出す事を大きな狙いとしていましたが、阻止する事ができました。そんな観点からイスラエル政府や軍部は、作戦成功を強調しているのです。

しかし成功の一方、イスラエルにも大きな衝撃が走りました。12日にはテル・アビブなど中央部に向かってロケット弾が数発撃ち込まれたため、イスラエル人口の4割を占めるテル・アビブ都市圏では、一時全ての教育機関の休校が発表されました。これは湾岸戦争のあった1991年以来の事で、イスラエルの半分が機能を停止する事態に。そしてこの非常事態を単独で引き起こし、2日間に渡ってイスラエルと正面から交戦した事で、「イスラーム聖戦」は国際的な知名度とアラブ世界内での名声を得て、ガザにおいてハマスに並ぶ地位を確固たるものとしました。そして聖戦の活動資金は全てイランによるものなので、今回の作戦でイスラエル市民は「イランの脅威」を目と鼻の先で実感した訳です。イスラエル大手紙イェディオット・アハロノットの特派員は、警告めいたコメントをしていました。


「ハマスが過激派なら聖戦は『超』がつく過激派だ。ハマスの旗が緑に対して、聖戦はイスラム国と同じ黒でイデオロギーも全く同じ。(長期的な停戦・交渉が可能な)ハマスとは次元が違い、一時的な休戦以外は話ができる相手ではない。」


今回の交戦でイスラエルはそんなイスラーム聖戦をガザにおける重要なプレーヤーとして認め、表舞台に立たせるアシストをしてしまった、とも言えます。今までガザと言えばハマスで、エジプトが介入すればたいていの事はエジプトがハマスを抑える事で解決していました。しかしエジプトすら全くコントロールできない聖戦が加わり、今後ガザとの情勢安定化はさらに難しいものになっていく事が懸念されています。

イスラム国の旗(左)とイスラーム聖戦の旗(右)。

(Wikipediaより)

ハマスの沈黙と最後のロケット弾―

さて今回最大のポイントは、ハマスが2日間全く戦闘に加わらなかった事です。2007年にハマスがガザを武力占拠して以降、ガザとイスラエルとの交戦ではハマスが必ず「主人公」となっていました。しかし12日から14日にかけて、ハマスは1発のロケット弾もイスラエルに向けて撃たず、休戦のための交渉のテーブルにも初めてつきませんでした。ガザ市民も今回は「イスラエル対イスラーム聖戦の戦い」であると捉えており、聖戦に対し援軍を送らなかったハマスには厳しい批判が浴びせられています。なぜ、ハマスは参戦しなかったのでしょうか。


一つ目の理由はイスラーム聖戦の弱体化が、イスラエルだけでなくハマスのメリットでもあった、というもの。ガザの政治学者はメディアに対して、「パレスチナ人として言いにくいが、アブ・アル=アタの暗殺がイスラエルとハマス共通の利益だったのでは。イスラエルとの休戦状態を何度も崩すような攻撃を行っていた彼の行動に、ハマスが不快感を覚えていたのは周知の事実だ」と答えています。イランからの資金・兵器を背景に台頭する聖戦は厄介な存在であり、イスラエルという他者が攻撃を加え弱体化してくれる事はハマスにとって好都合。ハマスとしては静観が得策だった訳です。

数日前にハマス指導者(写真)はテル・アビブ攻撃を示唆していたが…

0404.co.il より)

そして二つ目の理由は、ハマスが戦闘に加わればさらに大規模な戦争になれば(イスラエル側から送られている)カタールからの資金や石油・その他人道支援物資などがストップされていた可能性が高いというガザの内情があります。イスラエルを攻撃するだけのイスラーム聖戦とは違い、ハマスは政府として内政を進める責任があり市民の生活が圧迫されれば、もちろん批判される訳です。このような事情が、ハマスをイスラエル攻撃に踏み切らせなかったと考えられています。


しかし停戦が結ばれて約2日が経った15日深夜、ハマスはイスラエルにむかってロケット弾を2発撃ち込みました。イスラエルはハマスによるものだと発表し、ガザ地区内のハマス関連施設を報復攻撃しました。2日間沈黙を守っていたハマスが、なぜ停戦中にイスラエルへの攻撃を行ったのでしょうか。ハマスは全く戦闘に参加しなかった事からイスラエルの共謀者と批判されており、聖戦もハマスとの対決姿勢を取っていました。しかしこのハマスの攻撃の前後から、聖戦とハマスのリーダーが会談を行い、「我々は同じ敵を共有しており、協力体制にある」と語り合うなど、トーンが一変しています。イスラエルでは今回の攻撃は、ハマスがガザの盟主としてイスラエルと戦う姿勢を失っていない事をアピールし、イスラーム聖戦との対立関係とガザ市民からの批判を緩和するためのものだったのでは、と言われているのです。

ハマスと聖戦が和解した会談。数日前まで聖戦はハマスを扱き下ろしていたが…

(国営放送カン、夜のニュースより)

そしてイスラエル側の反応にも気になる点が。ハマスを報復攻撃したものの、攻撃は従来よりも小規模なものでした。そして軍は「ハマスによるものだが、指導層の意に反し暴発した攻撃だった」と発表、ハマス指導層を擁護するような形になっています。国営放送カンの特派員はこれを、「イスラエルのハマスに対する思いやりでは」と結論付けています。この思いやりの理由には、ハマスが聖戦や世論に流されず静観を守りイスラエルにロケット弾を向けなかった事、それにより大きな批判を浴びているハマスへの考慮と理解、そして参戦しない事でイスラエルとの交渉を継続する意思表示を行ったのでそれに対する謝意・配慮などが考えられています。

もともとは過激派だった主流派が時と共に穏健化し、それに対して更なる過激派が力を持つようになるという流れはハマスの台頭時にも見られたもの。それと同じ構図が再びガザでは起こっており、穏健になりつつあるハマスに対しより原理的なイスラーム聖戦がハマスと並ぶ存在になっているのです。

少し長文で複雑になってしまったかも知れませんが、ガザの構図は「ガザ(ハマス)対イスラエル」という単純なものではありません。ハマスとイスラーム聖戦のガザ内の構図、そしてイスラーム聖戦のバックに立つイラン、そしてガザ内とガザ・イスラエル間の仲介役を務め政情安定化を図るエジプト。そしてイスラエル…
頭の中に相関図を浮かべながらニュースを見ると、ガザ・イスラエルの問題も立体的そして多角的に見えてくるのではと思います。

「バラガン」とはごちゃごちゃや散らかったという意味のイスラエルで最もポピュラーなスラングです。ここでは現地在住7年のシオンとの架け橋スタッフが、様々な分野での最新イスラエル・トピックをお届けします。



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